2006年人権週間に際して
──大麻問題、代替刑についてのアピール──


2006年人権週間に際し、大麻問題・代替刑に関する以下の文書を主要マスコミに送付しました。


2006年人権週間に際して──大麻問題、代替刑についてのアピール

2006年12月8日 カンナビスト運営委員会

 1948年12月10日、第3回国連総会で「世界人権宣言」が採択されたことを記念し、12月10日は「国際人権デー」に定められています。この日をさかのぼる1週間は人権週間になっています。わたしたちは、人権的な視点から大麻の規制の仕方を改めるよう訴えます。

■はじめに
 大麻取締法違反で毎年2000人を越える人々が逮捕され、手錠をはめられ刑事裁判にかけられています。そのほとんどはごく普通の市民です。心身を害したり、他の人に危害を及ぼすようなことは起きていないにもかかわらず、大麻を所持、あるいは栽培していたという理由で逮捕され、職を失ったり、学業を中断せざるをえなくなったり、中には刑務所に何年も入れられる人がいます。
 長年にわたり培われてきた大麻に対する誤解や偏見があるためこの問題の是非は分かりづらいかもしれません。しかし世界的に見ると、わが国は非営利の大麻の所持・栽培に対する刑罰は重すぎると言わざるを得ません。
 人権の問題は、自分たちの人権が侵害されていると声をあげないと問題があることに気づけない場合があります。また、最初に声をあげるのは社会的には少数者かもしれません。わたしたちは、一人でも多くの人がこの問題について認識し、偏見や誤解を払拭した公正な目でこれを見直してほしいと訴えます。

■大麻の規制と人権問題
 世界人権宣言、日本国憲法(第18条、第31条)では、基本的な人権として身体の自由を保障しています。身体の自由を奪うことは人間の尊厳を否定する最も重大な人権の侵害です。世界人権宣言では前文から第13条まで、ほぼ全文にわたりそのことを明記しています。人に自由刑(自由の剥奪を内容とする刑罰。懲役、禁固、拘留の総称)を科すことの重大性を認識してほしいと思います。
 憲法31条で定められている罪刑均衡の原則によれば、刑事手続きが適正であっても、処罰の必要のない行為を処罰し、犯罪行為に比較して異常な重罰を科すなど、刑罰の内容そのものに問題があるならば、それ自体が刑罰権の濫用だと考えられています。
大麻に関して、その罪に対して過剰な刑罰を科しています。
 大麻取締法では、大麻の所持は5年以下の懲役刑、栽培は7年以下の懲役刑と定められています。大麻取締法は過剰な刑罰を科している法律であり、いまの日本は公権力による人権侵害がまかり通っていると言わざるを得ません。
 その結果、現在の日本は、大麻の使用によって生じる弊害よりも、大麻の取り締まりによって生じる弊害の方が大きいという矛盾した状況に陥っています。
 大麻取締法は憲法違反であるという訴えは、1985年に最高裁の合憲判断が下されていますが、現在も各地の大麻事件裁判で取り上げられています。
 この問題は、実は極めてシンプルです。大麻には著しい有害性はありません。そして大麻事件には傷害、窃盗、詐欺、横領、性犯罪などのような被害者が存在しません。
 海外の研究結果や公的機関の報告書などからは、大麻は人の心身、社会に著しい有害性のある危険なものではないことが明らかになっています。厚生労働省が情報開示請求に対して回答した資料によれば、大麻により健康を害したり、事件を起こした事例は存在しません。大麻事件裁判を通して、国側は大麻の有害性を立証するような根拠ある証拠を出せませんでした。
 酒やタバコがそうであるように、大麻についても完全に無害であると言い切ることはできませんが、その有害性の程度は人に懲役刑を科すほどのものではありません。市民を逮捕し、職を奪い、刑務所に入れなければならない理由はないのです。
 最近では、大麻は他の規制薬物の入口になるから危ないという意見を耳にすることもあります。大麻は他のより強い薬物に移行する“Gateway Drug”(“門戸開放薬”)であるという説、あるいは“踏み石仮説”などはアメリカで1970年代初期に発表されたものです。しかし、30年以上たった今日でもそれを裏付ける調査や統計は存在しない一種の「都市伝説」と言わざるを得ません。
 事実、このような理由から世界の中で民主主義や人権への配慮が進んでいる国々では、大麻を犯罪とは見なさない、いわゆる非犯罪化(犯罪として扱わない対応。例として違反チケット+罰金など)、ないしは非刑罰化が進んでいます。
 わが国の大麻規制は1948年、当時の占領軍GHQの主導の下に大麻取締法が制定されたという経緯がありますが、その後、アメリカにおいては規制の是非について議論が続いています。現在のところ、連邦法レベルでは単純な所持・栽培については非刑罰化、一部の州では州法で個人使用目的での大麻の所持・栽培は非犯罪化されています。
 しかし、日本ではこうした事実についてほとんど知られていません。大麻は、覚せい剤や麻薬とは大きく違っているものですが、残念ながら同一視する誤解や偏見が社会に根強く存在しています。
 
■「薬物犯罪」と刑罰のあり方
 ここで「薬物犯罪」と刑罰のあり方についてふれておきます。「薬物犯罪」という言葉の対象は、わが国では主に覚せい剤を指しています。薬物の検挙者人員の中で大麻の占める比率は10%以下であり、覚せい剤や麻薬類とは違い有害性や依存性の低い大麻は、他の「薬物犯罪」とは異なった扱いをすべきですが、現状は一括りにされています。

 現在、刑務所などの過剰収容が深刻化している状況を背景にして懲役刑に替わる刑の創設が検討されています。本年7月26日に法務大臣が法制審議会に諮問した「諮問第七十七号」は次のような提起をしています。
 1.刑務所の収容人員の適性化(=収容者が施設の容量を超えているので数を減らす)、2.再犯防止、3.社会復帰を促すという3点から、刑務所への収容とは別の処遇(治療・教育・社会奉仕活動など)を検討しています。それが代替刑と呼ばれる処遇です。
 刑務所の過剰収容の問題を見ていくと、「薬物犯罪」の受刑者の存在が大きな要素になっています。新受刑者の中で「薬物犯罪」(=覚せい剤)の受刑者が占める比率が大幅に増え、現在、全受刑者の約四人に一人までになっています。また「薬物犯罪」の受刑者は、働き盛りの一般市民がほとんどであること、そして再犯者が多いということが指摘されています(『平成16年版犯罪白書─犯罪者の処遇─』法務省法務総合研究所編)。
 これまで国は「薬物犯罪」に対して、法律を改定し罰則(刑事罰)を重くすること、薬物の供給者だけでなく使用者をも罰するという二本柱の刑事政策を進めてきました。その目的は、薬物が社会に広まるのを抑止することにあったと思われます。そこには、封建時代のような一罰百戒の考え方が見え隠れしています。薬物使用者の治療や社会復帰といった面に対する取り組みは、それに比較すると副次的に扱われてきました。
 覚せい剤受刑者の増加は、度重なる法改定で罰則が強化されたことによって逮捕者が増え、さらに裁判所が長期刑を科すようになったことから起きた現象です。裁判所が「薬物犯罪」の判決を重くするようになった理由は「国民世論」の動向に圧されてのことだといわれています。しかしその「国民世論」は、広く公正な議論が行われ築かれたというにはほど遠い、薬物に対する恐怖感を過度に強調した行政当局の主導する広報活動によって形成されてきたものだと言わざるを得ません。
 今回、代替刑の議論が俎上に載せられてきた背景には、前述のような刑務所の過剰収容が深刻化、再犯者の問題がありますが、それはこれまでの薬物政策の行き詰まりを示しています。
 世界の趨勢を鑑みると、EU諸国、オーストラリア、カナダといった先進国はもとより、近隣のアジア諸国でも薬物(麻薬、覚せい剤など)の使用者に対しては処罰よりも治療・教育を重視した処遇を行っているところが多くみられます。
 また、犯罪学の研究によれば、人が犯罪を犯す蓋然性(ある事が実際に起きるか否かの確実さの度合い)は主に二つの要素、就職率(定職に就き安定した収入を得ているか)と既婚率(結婚して家庭を持っているか)に密接に関連するといわれています。逮捕されること、長期間拘留されること、刑務所に収容されることは、そうした機会を損なうことになり、再犯防止という観点では、特に軽微な事件の場合には逆効果になります。
 代替刑の問題を検討する上で、わたしたちは、これまでの「薬物犯罪」に対する刑罰のあり方を見直し、人権に配慮した処遇をすべきだと訴えます。

■まとめ
・ 大麻には著しい有害性はなく、被害者も存在していないにもかかわらず、わが国では、世界的にも例外的な重い刑罰を科しています。
・ ヨーロッパの主要国、カナダ、オーストラリアなど、民主主義の定着している主な国々で刑罰の対象にはならないもの(大麻)が、わが国では重罪になるという現在の状況は極めて理不尽です。
・ 大麻は現在、薬物5法で扱われている規制薬物と比較すると有害性の程度は軽微であり、他の規制薬物とは切り離して考えるべきです。
・ 大麻の個人使用目的の所持・栽培について、刑事事件(刑事司法)として扱うことを止め、非犯罪化の方向に向かうべきです。
・ 「薬物犯罪」に関しては、一罰百戒的な厳罰主義を改め、薬物使用者の治療や社会復帰を中心にした方向に向かうべきです。
・ 代替刑の検討に際しては、大麻問題、「薬物犯罪」に対する刑罰のあり方を見直し、人権に配慮した処遇をすべきだと訴えます。

■カンナビストについて
 カンナビストは、科学的に見てアルコールやタバコと比較しても有害とはいえない大麻に対して、現行の大麻取締法に基づく取り締まりや刑事罰、および社会的制裁は不当に重く「人権侵害」であるとの主張に基づき、大麻の個人使用の「非犯罪化」(刑罰の軽減化)をめざし活動している非営利の市民団体です。
 カンナビストは、大麻に対する誤解や社会的偏見を正すことに主眼を置き、インターネットによる情報提供、ニュースレターの発行、定例会の実施、各種イベントへの参加をはじめとする啓蒙活動などを行っています。
 設 立:1999年7月1日
 会員数:4,244人(2006年11月30日現在)
 ホームページ http://www.cannabist.org/