「VII 大麻取締法」(植村立郎)

『注解特別刑法5II(第2版)』
(平野竜一(等)編/青林書院/1992)所収


第六章 罰 則  二 本法の合憲性

 実務では、本法の合憲性がしばしば争われている(1)。下級審の裁判例はかなり公刊物に登載されているので、これらの裁判例を踏まえて本法の合憲性に関する問題点を整理してみたい(2)

(1)大麻の有害性
 大麻の有害性に関する議論
(3)は、とかく一方は大麻を毎日多量に摂取した場合を、他方は時々少量を摂取した場合を前提になされやすいが、大抵の薬物は大量に摂取すれば何らかの毒性が現われ、ごく少量を摂取すれば毒性が現われないものであるから、大麻解禁の前提としての有害性は大麻を好きなだけ摂取したときにどのような毒性が現れるかである(4)。しかし、多量、強力な大麻を長期間摂取した場合のデーターは不足しているうえ、一旦薬物の使用を許容してその乱用が蔓延した後その有害性が肯定されてももはやこれを禁止することは著しく困難となることを思えば、大麻の解禁があるとすれば今後の調査・研究の推進とそれに基づく慎重な検討を経たうえで肯定される場合に限られるといえる。しかも、現在の資料によっても大麻の有害性は認められるのであり、前揚各裁判例(2)はいずれもこれを是認している。比較的最近の資料である前記第八次年報(3)によってその有害性をみると、急性の効果として、即座に記憶することや幅広い知的作業をする妨げとなり、自動車運転技能の障害となって異常運転の重要な原因となることがあげられ、その長期的効果として、肺の防護機能が損なわれること、生殖機能が損なわれるおそれがあることがあげられ、その精神病理学上の影響として、大麻未経験者、多量吸引者、薬物による情緒障害の経験者に対し急性不安反応を惹起し、精神過程の朦朧化、見当識喪失、錯乱、顕著な記憶障害などの特徴を含む急性脳症候群を生じさせ、部分的に軽快していた精神分裂症患者の症状を悪化させる場合などがあることなどであり、また規則的な重度使用という条件下では耐性が生じるとされている。そうしてみると、国民の保健衛生を保全するために予防的見地から大麻に対する規制を行っている本法には十分な根拠があるといえる。最決昭六〇・九・一〇(5)は、大麻の有害性を否定する主張を排斥して、憲法一三条、一四条、三一条、三六条違反の主張は前提を欠くとした(6)
 また、アメリカの大麻解禁ということがしばしばいわれるが、もとより全面的解禁が実施されているわけではなく、アメリカにおける大麻の規制は、大部分の州で大麻の栽培、販売が重罪とされ、ただ私的使用のための大麻の所持について一部の州で刑罰の対象から外され、多くの州でその刑が著しく引き下げられているといったものである
(7)。しかもこれは、大麻自体に内在する理由によるのではなく、大麻使用の経験者が四五〇〇万人、定期的に使用している者が一〇〇万人もいて取締に膨大な費用を要ししかも処罰の公正を図れないこと、刑罰が重いことなど大麻の取締に伴う難点がその原因になっているとみられ、このようなことのないわが国で同一に論ずることはできないのである。

(2)本法に対する違憲主張の検討
 (a) 憲法一三条違反の主張

 これは(以下各主張の要約はその典型を例示するものである)、大麻を吸煙することなどを憲法一三条所定の幸福追求権の一つとして主張するものであるが、前述したような大麻の有害性を前提とすると大麻を吸煙することが幸福追求権の一つとして許容されるとすること自体問題であるうえ、国民の保健衛生に対し危害を及ぼす危険性のある大麻について予防的見地から規制を加えることは、その内容が著しく不当で憲法三一条、三六条に違反するような場合は別として、公共の福祉の内容をなすものということができ、本法が憲法一三条に違反するものではないと解される。また、右東京高判昭五九・三・二七は、憲法一三条違反とともに市民的及び政治的権利に関する国際規約一七条違反の主張がなされた事件で、大麻規制の合理性を肯定して、右国際規約条項違反の主張は前提を欠くとした。

 (b) 憲法一四条違反の主張
 これは、法適用の場面での不平等ではなく法成立の場面での不平等に関する主張であって、アルコール飲料やタバコなどが大麻と同等かそれ以上に有害であるとしたうえで、これらに対する規制との対比において本法が憲法一四条に違反するというのである。
 しかし、これは、本法自体に憲法一四条に違反する点があるとするのではなく
(8)、単にアルコール飲料や煙草などへの法規制の合理性、妥当性を批判することに帰し、憲法一四条違反の適正な主張とはいえないと解する。また、同程度の可罰的評価を受ける行為に関する各種法律の規制が同等でないとき憲法一四条違反の問題が生じるとの前提をとっても、有害物質に対する規制は、単にその有害性のみでなく、当該物質の摂取の歴史、社会生活への定着度、その有害性に対する知識・経験・対応策、取締の難易・効果など多面的な検討のすえに行われるものであるから、比較自体も難しい有毒性の程度のみに依拠するこの主張が適法なものとはいえない。

 (c) 憲法三一条・三六条違反の主張
 これは、(イ) 本法が取締の対象とする植物の範囲を一義的に明確にしていないことを前提として、本法が憲法三一条に違反する、(ロ) 大麻の有害性が、証明されていない、又は低いことを前提として、本法が大麻を刑罰をもって規制していること又は実質犯の法定刑が懲役刑のみで罰金刑による処罰の余地がないことをもって憲法三一条・三六条に違反するというのである。
 まず、(イ)については、本法一条注三で述べたとおり本法の大麻の定義に不明確な点はないからこの主張はその前提を欠いて失当である
(9)
 次に、(ロ)については、前述したとおり大麻を規制することには合理的根拠があるからその規制の態様は国会の立法裁量に委ねられているのであり、大麻に対する規制の範囲、程度が極度に苛酷でその立法裁量権の範疇を明らかに逸脱しているとみられない限り、憲法三一条・三六条に違反するものとはいえない。そして、本法の実質犯の法定刑を見ると、(i)1月以上七年以下(二四条の七)、(ii)一月以上五年以下(二四条の二第一項、二四条の三第一項)、(iii)一月以上三年以下(二四条の四、二四条の六)、(iv)一月以上二年以下(二四条の七)であり、(i)(ii)は、前述した裁判例の当時と法定刑としては同じであり、(iii)(iv)はそれ以下である。また、営利目的加重の場合も、一月以上一〇年以下(二四条二項。三〇〇万円以下の罰金併科可能)、一月以上七年以下(二四条の二第二項。二四条の三第二項。二〇〇万円以下の罰金併科可能)である。いずれも法定刑の幅が広い上情状軽減すると短期が一五日までなりうる。また、営利目的加重の場合もその加重理由と法定刑の加重割合とが均衡を失していないことを容易に肯定できよう。そうすると、(i)から(iv)について、選択刑として罰金が設けられていないことを考慮しても、本法の刑罰が国会の立法裁量権の範囲を逸脱したものとはいえないことは明らかであり、本法が憲法三一条・三六条に違反するものではないと解する。
 なお、本法の罰則は、大麻の国際的広がり等から処罰の対象を拡大し、刑を重くする傾向にあり、そこには、国際的な大麻規制のためにやむをえない側面もあろう。しかし、大麻の有害性がかって考えられていた程のものでないとすれば、
大麻取締規制はもとより本法でも昭和三八年の改正までは実質犯にも選択刑として罰金刑が設けられていたことをも考慮すると、立法論としては実質犯についても、選択刑として罰金刑を復活させることが考慮されてよいと思う
(10)

(3)大麻の有害性の立証
 違憲の主張の前提として、大麻の有害性の立証方法が争われることがある。大麻の有害性は本法の大麻規制の前提であり、それはいわゆる立法事実に属するものといえるから、厳格な証明を要するものではなく、したがって、法定での証拠調べは必須の要件ではないと解する
(11)


(1)二四条の二第一項の時案が殆どで、憲法一三条・一四条・三一条・三六条違反の主張がなされる。なお、最決昭五四・六・一裁判集刑事二一四号五九一頁、最決昭五七・九・一七刑集三六巻八号二七四頁参照。また麻薬取締法及び覚せい剤取締法における合憲性の裁判例につき亀山(一)・一二八頁参照
(2)気づいた裁判例をあげると、福岡高判昭五三・五・一六麻薬等裁判例集五四七頁、福岡高判昭五三・六・二〇麻薬等裁判例集五四九頁、東京高判昭五三・九・一一麻薬等裁判例集五三二頁、(なお、全文は判タ三六九号四二四頁参照)、この原審東京地裁判昭五二・七・二八麻薬等裁判例集五四二頁、東京高判昭五四・七・一九東高刑時報三〇巻七号一〇三頁、東京高判昭五五・四・一五東高刑時報三一巻四号三六頁、東京高判昭五六・六・一五刑裁月報一三巻六・七号四二六頁、大阪高判昭五六・一二・二四判時一〇四五号一四一頁、東京高判昭五九・三・二七高検速報二七〇九頁、東京高判昭六〇・五・二三高検速報二七九五号、東京地判昭四四・一一・二九(判タ四六〇号一七五頁のコメント)、東京地判昭四九・八・二三(村上編・裁判例二五七頁)、東京地判昭五二・一一・九麻薬等裁判例集五四六頁、東京地判昭五六・三・一九判タ四四五号一七三頁がある
(3)しばしば引用される資料には、大麻及び薬物乱用に関する全米委員会の一九七二年報告、アメリカ合衆国連邦会議に対する薬物乱用に関する大統領教書(1977年、いわゆるカーター教書。この教書などを紹介したものに島田尚武・警察学論集三一巻二号六八頁以下がある)、「キャナビスの使用」WHO科学研究グループ報告(一九七一年)、(執務提要二六六頁参照)「マリファナと健康 --- アメリカ合衆国保健教育福祉長官による連邦議会に対する第八次年報」(一九八〇年、警察学論集三三巻一〇号、一一号所収)、執務提要二七九頁以下などがある
(4)岸田修一・時の法令九九三号一五頁以下
(5)裁判集刑事二四〇号二七五頁、判時一一六五号一八三頁
(6)同旨最決昭六〇・九・二七裁判集刑事二四〇号三五一頁
(7)生田典久「アメリカにおける大麻の規制と判例の動向」ジュリ六五四号四〇頁以下参照
(8)現実にもそのような点のないことは明らかである。なお、犯罪者の属性と身分上の差別につき最判昭二六・八・一刑集五巻九号一七〇九頁参照
(9)最決昭五七・九・一七刑集三六巻八号七六四頁
(10)なお、ジュリ六五四号三一頁の松尾発言、判タ三六九号四二四頁のコメント、吉田・三六四頁参照。選択刑として罰金刑を設けないことの合理性を指摘するものに亀山(三)・一三四頁以下、飯田英男・判タ六五二号六四頁がある
(11)同旨中谷雄二郎・判タ716号三四ページ。東京高判昭六〇・五・二三高検速報二七九五号は、この点について証拠調べを行わなかった原審に訴訟手続きの暇疵は生じないとしたが適切な判示といえよう